上田舞香/岡本優香、日下部有香/熊谷理沙/住 玲衣奈/仁田晶凱「ダンス花 vol. 31」神楽坂セッションハウス

東京にある、公演も行うダンススタジオ、神楽坂セッションハウスがセレクトした5組による公演「ダンス花 vol. 31」。多彩で将来性を感じさせる面白い振付作品が集まった。


「セッションハウス・アワード ダンス花」とは?

「セッションハウス・アワード ダンス花」公演は、「セッションハウス若手ダンサー支援プロジェクト」として定期的に開催され、選考された若手ダンサーの振付作品が発表される。

セッションハウスは、東京・神楽坂にある、コンテンポラリーダンスを中心としたクラスが行われるスタジオだ。スタジオ内では公演も行われ、建物内にはギャラリーもある。株式会社セッションハウスの代表取締役は伊藤直子氏が務める。同氏はダンスカンパニー、マドモアゼル・シネマを主宰する振付家だ。

「ダンス花」は、セッションハウスが選考を行わずに開催するダンスプログラム「シアター21フェス」「StepUp21フェス」の参加作品から年間10組が選ばれ、5組ずつ公演を行っている。さらに、「ダンス花」の10組から「セッションベスト賞」が毎年選ばれる。賞の審査員は、コンドルズ主宰の振付家・ダンサーの近藤良平氏、振付家・ダンサーの松本大樹氏、伊藤直子氏。

▼セッションハウス公式サイト

▼前回の「ダンス花 vol. 30」公演の筆者によるレビュー


ジャズを自在に身体化し音楽を奏でる:仁田晶凱『Spiritual Eternity』

振付・出演:仁田晶凱(にた あきよし)

下手に置いた音楽装置を仁田氏自身が操作し、スピリチュアルジャズの名盤、Alice Coltraneによる『Eternity』からの数曲を使用。

ばねのように張りと伸びがある身体がしなやかに動き、音楽と一体化する。音楽を視覚化しているが、それだけに終わらず、音楽と戯れているようだ。下手の観客側にある音楽装置から、上手奥までの線上を動くことで、発せられている音楽から踊りが生じているような視覚効果を出している。

スピリチュアル=精神性を感じさせながらも陽気なリズムもあり、ダンスの動きと相まって、見ていると思わず笑顔になってしまう場面もあった。

膝丈くらいのワンピースを身に着けている。そのワンピースを頭の上まで引き上げて、腰を曲げて床に両手を付いて四つ足の動物のように歩く動きが2回ほどあった。途中でワンピースを脱ぐと、ベージュの下着のみになり、薄暗い照明の中で全裸のように見える。剥き出しの人間として姿を現すようだった。

仁田氏はベルギーのコンテンポラリーダンス専門学校P.A.R.T.S.で振付を学び、現在はCo.山田うん所属。ベルギーとジャズということで、1983年にベルギー・ブリュッセルで振付家アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル氏が結成したローザス(Rosas)による2019年5月の来日公演を連想した。彼女の振付も、音楽を身体が奏でていた。

調べてみたら曲も、仁田氏が使用したアリス・コルトレーンと、ケースマイケル氏の『A Love Supreme ~至上の愛』で使われていたジョン・コルトレーン氏は夫婦なのだそうだ。

音楽への愛と感受性が伝わってくる作品だった。多くのダンサーは音楽で踊るが、そのうちの全てのダンサーがこれほど音楽と親しく「共演」できるわけではないだろう。

▼ローザス来日公演の筆者によるレビュー


人間と踊りへの信頼感と希望が感傷的に昇華する:岡本優香、日下部有香『めいめい』

振付・出演:岡本優香(おかもと ゆうか)、日下部有香(くさかべ ゆか)

無音の中、1人がもう1人の体を「いじる」ところから始まる。引っ張ればついてくるが、手を離すと床に落ちてしまう。人間の体を観察するように、実験するように、体でいろんな形を試してみる。動かすと、ちゃんとダンスっぽく動くのだが、すぐ収束してしまう。思う通りになるようで、ならない。自立していそうで、していない。そんな2人の関係。

そこから、「まだ踊り続ける」といったような歌詞の歌が流れ、1人が座っている間にもう1人が踊ったり、その役割を交代したりする。2人一緒にも踊る。

テクニックがしっかりしていて、2人が絡むところは、すんでのところで支えたり、離れたり、絶妙な関わり方をする。タイミングもぴったり合っている。よほど息が合っていて、たくさん練習を積まないと、できないことだろう。相手を強く信じていないと、できない。

目を合わせたり、顔を一気に接近させたり、そっけなく離れたり、突然密着したりし、なまめかしく色っぽいデュオ。この2人でしか醸し出せない雰囲気、作り出せないダンス。

ラスト、明かりが消えて、つくと、2人の位置が変わっている。その切り替えが本当に巧みだ。最後の暗転直前、2人は引かれ合いながら別れていくような素振り。

なぜか、とても、とても泣けてくる。感傷的だが、そこが良くて、いとおしい。1編の映画を見たようだ。癖になる。また見たくてたまらない。突飛な作品ではないのに、これまでに見たことがないものだという気がする。


報道される死が私たちの生の中にもあることを暴露する:住 玲衣奈『Oの中身』

振付・出演:住 玲衣奈(すみ れいな)

前の組が去って、暗転し、すぐに照明がつくと、中央に白い人形を何体も抱えた住氏が正面を見据えて仁王立ちになっていて、ぎょっとする。人形は紙か何かで作られている単純なものだ。人形を1体ずつ自分の周囲に置いていく。寝かせたり、座らせたり。

曲が入って、胸の部分に円が描かれている人形だけを持って踊る。住氏が着ている白いTシャツにも、同じように円が描かれている。

金髪の短髪で、背が高く、手足の長い住氏のクールな踊りはキレが良く、最高にかっこいい。でも不気味で異様だ。どこか「イッチャッテル」印象で、怖い。しかし目が離せない。作品世界に引きずり込まれる。

音楽が止まり、ニュースの音声が流れる。交通事故や殺人事件、最後には、2019年7月18日の京都アニメーション放火事件の報道も流れていたと思う。

その音声の中で、踊るのをやめ、抱えていた人形の円の部分から何かを取り出す。破られた新聞紙の一部のように見える。もっと紙の切れ端を取り出す。他の人形も次々とつかみ、中に手を突っ込んで、紙切れを取り出す。紙切れを口に入れる。人形を床に投げ付ける。人形はきっと、事件や事故の犠牲者。

異様さが増していく。踊りはヒップホップのようにリズミカルだが、見ていると不安感が増大する。人形の中から、赤のようなピンクのような色の、ペンのような形をしたものが出てくる。それを使って自分のTシャツに描かれた円の部分を切り裂く。ペンのようなものはカッターだったのだ。そのTシャツの中に手を入れ、つかんで出したのは、新聞紙の切れ端。

「私」もまた、「彼ら」と同じような運命を免れることはできない。いつでも誰もが犠牲者になり得るし、死から逃れられる人間はいない(今のところは)。

社会的事象を扱っているが、単に道徳的な仕上がりにするのではなく、自分のダンスの持ち味を生かした、独特な作品を作り上げている。シュールだが熱いという、二面的、多面的な魅力を放つ作品。他の作品も見てみたい。


かわいらしさとみにくさの思い込みをあぶり出す:熊谷理沙『ファンタジー』

振付・出演:熊谷理沙(くまがい りさ)

顔の全面に色とりどりの花を装着して登場し、足や手をひねったりねじ曲げたり、少し舞踏を思わせる動きをする。美しいとされる花と、正反対の「みにくい」、じたばたする動き。

熊谷氏の身体は細くはなく、がっしりとしている。顔が美しいか、みにくいかは分からない。花で覆われているから。その顔が花の「生物」は、人間とはちょっと違って見える。踊っている「それ」を見ているうちに、花の顔に少しずつ慣れてきて、そういう生き物なのかなと思うようになっている自分(筆者)にぞっとする。

花が付いているベールのようなものを少し緩め、頭を上下に激しく振ると、ベールごと花が落ちる。でも、顔はうつむき加減で髪に隠れていて、はっきりとは見えない。

私たちは人と出会うとき、(晴眼者であれば)まずその人の顔を見る。そしてきっと、美しいかそうでないかを判断する。社会的に特に女性は、美醜を厳しく判断されるのではないだろうか。

そして女性は、お花のようなしおらしさ、可憐さ、かわいらしさを要求される。花は、しおらしいわけでも可憐なわけでもなく、かわいいとしたら、それは虫などを引き付け、たくましく子孫を残すためだろう。でも人は、違う要素を勝手に押し付けて、花と女性を結び付ける。

フェミニズム的な解釈ができる、野心的な作品だ。いわゆるダンサー的な「理想的」な身体の持ち主ではないが、そうではない自分の身体を吟味し、自分にしかできない作品を生み出した。きれいではなく、ぞわぞわするが、だからダンスは、体は面白いと思わせてくれる作品。

熊谷氏は、伊藤キム氏主宰のGEROに参加後、現在は黒田育世氏主宰のBATIKに所属。


ポワントのバレエ的身体を解体し新たな身体を探る:上田舞香『Endless Falls』

振付・出演:上田舞香(うえだ まいか)

黒いレオタードのようなものの上にオレンジ色のTシャツを着て、トウシューズで登場。正面を見据え、上半身をねじって両手を体に巻き付ける動作から踊り出す。

脚を高く上げる、バレエのように。でも体はよじれ、フロア(床)に身を投げ出す。フロアに両手を付く。クラシックバレエでは絶対に見られない動きだ。

バレエでは足のポジションや腕のポジションは全て決まっている。でも、この作品では、トウシューズがどう足を置いたらいいのか迷っているように見えるときがある。ポワント(爪先立ち)から絶対性が失われ、身体に不安定さが持ち込まれる。

バレエの確立した世界は美しい。でもそこからはみ出そうとする体もある。もちろん、バレエも日々磨かれ、新しくなっているのだが(そうでないと伝統は生き残れない)、本作品では、バレエに根差しながらも、突き破りたい衝動がふつふつと伝わってくる。

シンプルな衣装でトウシューズを履き、舞台セットがなく、照明だけの舞台効果で(しかも「舞台」ではなく正確にはスタジオだ)、身体だけを持って、奇をてらうことのない振付での真っ向勝負。これで「魅せる」踊りをする力量は、確かなものだ。並大抵ではできない技だろう。今後の展開も楽しみだ。


公演情報

日程:2019年9月14日(土)16:00/19:00

会場:神楽坂セッションハウス


出演:上田舞香/岡本優香、日下部有香/熊谷理沙/住 玲衣奈/仁田晶凱


料金:前売2,600円 当日2,800円


照明:石関美穂

音響:相川貴

舞台監督:蓮子奈津美

スタッフ:鍋島峻介、古茂田梨乃


プログラムディレクター:伊藤直子

主催・制作:セッションハウス企画室(伊藤孝・鍋島峻介)

フライヤーデザイン:石関美穂

共催:(株)セッションハウス



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