チェーホフの戯曲『三人姉妹』を原作に、現代の地方都市を舞台として、ダンス、歌、せりふで構成される、小池博史ブリッジプロジェクトのパフォーマンス。小池氏がパパ・タラフマラを率いていた時代に「三人姉妹」として200回以上公演した舞台を、新キャストで新たに演出した。東京公演の前に中国・上海で初演。
チェーホフのこの戯曲はおそらく読んだことがなく、演劇や映画も見たことがない。また、パパ・タラフマラの「三人姉妹」を見たこともない。小池博史氏の舞台を見るのは、「新・伝統舞踊劇 幻祭前夜2018 ~マハーバーラタより」に続いて2回目だ。
出演者の手代木花野、福島梓、甲斐美奈寿の身体能力の高さにまず驚かされる。1時間ほどの公演の間、3人とも出ずっぱりで動き回るので、ダンサーとして当然なのだろうが、体力もすさまじい。
「新・伝統舞踊劇 幻祭前夜2018 ~マハーバーラタより」にも出演していて、スズキ拓朗 振付「おどる童話『THE GIANT PEACH』」でもとても良かった福島梓さんは尋常ではない踊りをするダンサー。テクニックがあってうまくて、すべての動きがかっこよくてキマッている。クルクル変わる表情も魅力的で、妖艶にもかわいくもなれる。清潔なセクシーさがある。おまけにせりふを言って演技をすれば俳優だし、歌もとても上手だ。マルチな才能を持ったパフォーマー。今回は三女を演じた。
長女役の手代木花野さんと次女役の甲斐美奈寿さんも、ダンスのテクニックがしっかりしていて、引き付けられる。手代木花野さんの怪物的な変顔(?!)は驚異的。甲斐美奈寿さんは背が低めで少しふくよかな体型を個性として熟知しながら踊っていた。3人のかけ合いが見事で、タイミングや息がぴったりとはこのことかと思った。
軽やかに舞ったり、機械仕掛けの人形かロボットのようにカクカク動いたり、ドスのきいた声で怒鳴り合ってけんかしたり、無言で様子を探り合ったり、誘惑する仕草をしてみたり、服を脱いで下着姿になって汗まみれで激しく踊ったりと、目まぐるしく次々といろんな姿を見せ、強烈な迫力がある。
いつも私たちはたいていは澄まして電車に乗り、冷静沈着に仕事をし、おとなしく生活を営んでいるが、この舞台ではそんなものを全て吹き飛ばした、動物的な生身の身体が剥き出しで迫ってくる。「あなたの熱情はどこにあるの?絶望は?」と激しく問い詰められているようだ。人間は、自分は、野性を取り戻した方がいいのではないかなどと考えてしまう。
舞台には白いピンポン玉のようなものがたくさん転がっていて、時折3人がその玉を掃除するように床の上で集めようとしたりする。持っていき場のない怒りや憧れや諦めや悲しみや苦しみを、無理やり落ち着かせようとするみたいに。
舞台には他に、数脚(3脚?)の椅子、男の人形、エッフェル塔の模型、赤いかばん、赤いハイヒールの靴などが登場する。原作では三人姉妹はモスクワへ帰ることを夢見るようだが、今回の舞台ではフランス語の歌が歌われ、憧れの地はフランス(またはパリ)という設定のようだ。
椅子を使う踊りも多用され、変化が出て効果的だった。男の人形は次女の情事の相手となった。全体的に性的な仕草や動きも多く見られ、原作では独身の教師となっている長女も卑猥な動きを見せるが、妄想しているという演出なのだろうか。
風船を膨らませ、その口を絞らずに手を離して、風船が宙を舞ってしぼんで落ちる、という動作が何度か出てきた。期待や憧れを膨らませては諦めて夢も消えてしまうということを思わせ、また、性的な意味合いも連想させる。巧みな演出だ。
終盤、下着姿になった3人が、暗闇の中で、舞台前方の床に取り付けてあった小さな照明をそれぞれ手に取り、その光を手で覆い隠したり見せたりしながら照明の角度を変えつつ踊る場面は美しく、ダンスが際立っていた。暗闇と光の中で見え隠れする、彼女たちの顔と身体。私たちには、彼女たちのどの面が見えているのだろうか?本当にちゃんと見ているのか?全体は永遠に見えないのだろうか?
ラストシーンの長女の顔の表情がこの世のものとは思えず、夢に出てきそうだ……。
パワフルでエネルギッシュな舞台。エネルギーをもらえるというよりは、むしろエネルギーを少し吸い取られてしまうかもしれない(!)。それでもやっぱりなんだか元気が湧いてくる作品だ。
アフタートークで小池氏は「女性は強い」と述べていた。「新・伝統舞踊劇 幻祭前夜2018 ~マハーバーラタより」もそうだったのだが、今回も、女性の描き方には男性視点の願望のようなものが投影されているように見えた。男性が創作、演出したものは大概そうなるし、作り手として当然と言うことになるのかもしれないし、出演者たちはそんなものを超越するような、それこそ強さを放出してはいたが、そういう視点が見え見えだと違和感を覚えてしまい、作品に入り込むことは難しくなる。距離を置いた楽しみ方しかできなくなってしまうので、その点は少し残念な気はする。登場人物たちが型にはまっているとかいうことは全然ないのだが。
アフタートークは、小池氏と、ブロックチェーンを開発する会社の経営者である27歳のオオキマキ(真木大樹)さんとの対談形式だった。ブロックチェーンは、自分で管理できるもう一人の自分をバーチャルの世界に作り出すようなものらしい(とおっしゃっていたと思う)。パフォーマンスそのものを複製してバーチャルの世界に存在させることはできないが、例えば、パフォーマンスを見た人が抱いた印象や感想などを集積することで、パフォーマンスがどういうものだったかを表し保存することはできるのではないかというようなことをおっしゃっていた(と思う)。
今もうほとんど、機械とインターネットの中で全ての生活を送れるような時代になっているが、訳の分からないハチャメチャな、熱くて汗が垂れているような生身の身体に出会うことは絶対に必要だと思う。そうでないと、なんか無気力になっていきそう。
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2019年5月16日(木)20:00
5月17日(金)14:00/19:30
東京都 三鷹市芸術文化センター 星のホール
演出・脚本・振付・構成:小池博史
出演:手代木花野、福島梓、甲斐美奈寿
[前売]一般:4000円/学生:3300円
[当日]一般:4500円/学生:3800円
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