イングリッシュ・ナショナル・バレエ『Broken Wings』タマラ・ロホ主演、アナベル・ロペス・オチョア振付(映像)

イングリッシュ・ナショナル・バレエ団が、アナベル・ロペス・オチョア振付の『Broken Wings』(「壊れた翼」の意、2016年)の公演動画を期間限定で無料オンライン配信した。かなり面白く、出来が良い新作バレエ(ダンス)。

主演は、同バレエ団(ENB)の芸術監督でもあるダンサーのタマラ・ロホ。

動画の公開期間は、2020年4月22日(水)19時~24日(金)19時(イギリス時間。日本時間は23日(木)3時~25日(土)3時)。

実在したメキシコの画家フリーダ・カーロ(1907~54年)の生涯を基にしたダンス作品。約50分。

振付家のアナベル・ロペス・オチョアは、南米コロンビアとベルギーにルーツがあり、ベルギー・アントワープのロイヤル・バレエ学校を卒業後、ヨーロッパの複数のダンスカンパニーでダンサーとして12年踊った後、2003年から振付に専念。振付作品で受賞もしている。

主演のタマラ・ロホはスペイン人で、英国ロイヤル・バレエ団で長年プリンシパルを務めた後、2012年にENBの芸術監督に就任、ENBのプリンシパルとしても活躍する。現在45歳。

フリーダ、アナベル、タマラは全員女性。アナベルは分からないが、フリーダとタマラにはスペイン語という共通点もある。

動画の冒頭では、タマラが登場し、COVID-19に際して、視聴者の安全を願い、ENBへの寄付を呼び掛ける。スペイン語アクセント(なまり)の英語で。作中では、タマラがスペイン語を話しているように見えた・聞こえたシーンもあった(たぶんスペイン語、たぶん本人の声?)。

フリーダ・カーロは、強い日光を思わせる鮮やかな原色っぽい色彩の絵画、特に自画像で知られる。このダンスでは、そのアートを意識した衣装や舞台芸術が生み出されていて、それも素晴らしい。

フリーダはまた、肉体的には、生涯、病気や事故による障害と痛みに苦しみ、流産を複数回経験した(子どもはいなかった)ことも有名。ほかにも、20歳以上年上のメキシコの国民的画家ディエゴ・リベラと2回結婚し(一度離婚後、再婚)、互いに不倫もしていた(フリーダの不倫相手には著名人も含まれ、女性とも関係を持ったとされている)など、波乱万丈の人生だった。脚の切断も余儀なくされ、47歳で病死している。

心身の痛み、それでも愛や芸術活動に生きるたくましさが、その絵には表現され、現代でも世界的に人気があるアーティストだ。2018年には、ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート・ミュージアムで、彼女の身の回り品200点以上を集めた展覧会「Frida Kahlo: Making Her Self Up」が開催されたそうだ。

このダンスでは、学生だったフリーダが事故に遭い、後遺症に苦しみ、ディエゴと恋に落ち、浮気され、心身の痛みに苦しむ様子が、所々、演劇的な身振りがあるシーンをは挟みながら、踊られる。アート活動については、想像の中で舞ったり描いたりするところが、特に後半のシーンで描かれているように見える。

フリーダの絵画によく見られる血管をイメージした赤いひもも登場した。仰向けになって大きく脚を開いたフリーダの脚の間から、骸骨が赤いひもを引き出す動きをするシーンは、流産を表していたのだろう。

骸骨たちが、死の影としてフリーダに折々忍び寄るのが印象的。メキシコ的なイメージから発想されていると思われる。

タマラは、フリーダのように眉毛をつなげて描き、同じ黒髪を同じようにアップにしている。衣装は、下着の、丈の短いスリップのようなもので、フリーダが自画像に描いているものを模しているのではないかと思う(フリーダは確か、体を支えるためにコルセットも着けていたと思う)。最初はその上に女学生らしい服を着ていたが(そしてタマラがちゃんと高校生のように見える!)、事故に遭う場面で骸骨たちに服を剥ぎ取られ、その後はスリットのようなものの上に、時折巻きスカートをはいて踊った。

ほかの女性ダンサーたちはトゥシューズを履いてポアントで立って踊る中、フリーダ役のタマラは一人、バレエシューズで踊る。もともと小柄なので、特異さが際立つ。

タマラの個性的な演技力(表情もすごくいい!)と、バレエダンサーとしては若くはないのに一向に衰えないテクニックに目を見張る。バレエダンサーとしてはやや肉付きのいい体で、長身ではないので驚くほど脚が長いわけでもない、という、普通なら有利とは言えない体型も、彼女の魅力になっている。

ディエゴ役のおじいさんは一体・・・?でも、踊り出したら、すごくうまい!と思ったら、現在60歳(公演当時は56歳くらいか)、ソ連出身で、ボリショイ・バレエ団や英国ロイヤル・バレエ団で活躍した、イレク・ムハメドフというダンサーだった。ロイヤルではプリンシパルだった吉田都ともパートナーを組んで踊っていたらしい。(おそらく、この舞台では、おなかの辺りに詰め物をして、貫録を出していたのかな)

全体の演出構成、振付も良かった。出会ったときと晩年のシーンでのディエゴとのパ・ド・ドゥは、そのときのフリーダの感情が踊りから浮き上がってくるよう。骸骨、鳥、女鹿、そして色とりどりのスカートを身に着けた男性ダンサーたちが踊るフリーダの分身のダンスも、それぞれ特徴があり、面白い。

思うようにならない脚を震わせて、それを押さえたり、体を折り曲げたりする表現があったが、やり過ぎにはなっていなかったと思う。

この振付家のほかの作品も見てみたい。

タマラ・ロホの、優れたダンサーとしてだけでなく、バレエ団のプロデューサーのような役割としての手腕にも脱帽する。


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Choreography

Annabelle Lopez Ochoa


Music

Peter Salem

By kind permission of Cool Music Ltd


La Llorona sung by Chavela Vargas

Scenography

Dieuweke van Reij


Lighting Design

Vinny Jones


Dramaturg

Nancy Meckler


Performance

15 April 2016 at Sadler’s Wells, London, as part of She Said


English National Ballet Philharmonic

Conductor

Gavin Sutherland

Leader

Matthew Scrivener


CAST

Frida Kahlo

Tamara Rojo


Diego Rivera

Irek Mukhamedov


Young Boy

Cesar Corrales


Diego’s Mistress

Begoña Cao


Skeletons, Birds, Female Deer and Male Fridas

Artists of the Company


Costume Supervisor

Yvonne Milnes


Make-up provided by MAC Cosmetics


Costumes

Amanda Barrow

Liz Harrison

Lynn Hamilton

Jane Temple

Kim Jones

Hilary Sleiman

Pat Farmer

Mark Wheeler

Serena Fusai


Headdresses

Mark Wheeler


Dyeing and Painting

Symone Frost


Collective Textiles

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▼次回のENBの公演動画の配信は、ENBに振り付けた新解釈の『ジゼル』が話題になった、アクラム・カーンによる作品『Dust』。配信日時は、2020年4月30日(木)午前3時~5月2日(土)午前3時(※日本時間)。視聴は下記のENBのYouTubeチャンネルで。

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