2019年6~8月に東京で行われたダンスの「振付家ワークショップvol. 2」の成果報告会が、2019年8月24日に行われた。最初に、このワークショップのディレクションを担う梅田宏明氏によるプレゼンがあり、次にAコースの参加者による振付作品の発表が10分ずつ行われ、最後に梅田氏、ワークショップのモデレーターの児玉北斗氏、Aコース参加者によるアフタートークがあった。
梅田氏と児玉氏はともに振付家・ダンサー。「振付家ワークショップ」では、両氏のほか、振付家、ダンサー、研究者、音楽家、映像作家、プロデューサーなどのゲスト講師を迎えて、講義や作品創作が行われた。
ゲスト講師は、伊藤キム氏、笠井叡氏、小尻健太氏、木田真理子氏、越智雄磨氏、飯名尚人氏、SKANK/スカンク氏、丸岡ひろみ氏、若林朋子氏、目澤芙裕子氏など。
講義では、コンテンポラリーダンスの歴史、振付の方法、社会との関わり方、ダンスにおける音楽の役割、ビデオダンス、振付家とダンサーの関係、制作、プロデュース、マネジメントなどのテーマを学ぶ。AコースとBコースでは、作品のコンセプトを言葉にすることから始めて、創作をし、フィードバックを得ながらブラッシュアップしていったらしい。
参加方法には3つのコースがある。A(アドバンスド)コースの対象者は、20~40歳の振付経験者で、10分の作品を創作し、一般公開の場で発表する。B(ビギナー)コースは、振付未経験の18~40歳のダンサーなどが対象で、5分の作品を創作し、一般には非公開で発表する。C(講義のみ)コースは、A・Bコース参加者のみ向けの講義を除き、講義を選んで受講できる。参加費は、Aコースは全13回で34,000円、Bコースは全12回で29,000円、Cコースは1コマ3,800円。
▼梅田宏明氏のダンス公演について↓
■梅田宏明氏のプレゼンテーション「振付家ワークショップについて」
振付家ワークショップを始めた理由の一つは、日本の教育機関ではダンスが芸術ではなく体育になっていて、現代ダンスは海外からの輸入になってしまうという現状があった。だから、日本で新しいダンスを生み出せる場を作りたいと思った。
また、自身は海外でダンスをする機会があるが、その場合はすぐに結果を求められる。そのため、自国(日本)で実験の場を作りたかった。若手ダンサーに振付の機会を提供することで、日本のダンスシーンが活発化すれば、自身のためにもなる。
振付家ワークショップのプログラムでは、ダンスの文脈、振付家やダンサーのケーススタディ、作品と社会をつなぐ制作の仕事や劇場などについて学び、創作とプレゼンテーションを行う。
振付家ワークショップを行う上では、プログラムや生まれてくる作品に対して、自身の好みや美意識を持ち込まないようにしている。参加者の創作を肯定するようにしてもいる。既存のものでは新しいものを判断することはできず、新しいものを作っていくには、自分たちの中の価値基準を更新していかなければならないと考えているからだ。
今後は、振付家ワークショップのアーカイブ化も進めたい。参加しなかった人とも、内容を共有できるように。
振付家ワークショップの開催、運営における今度の課題としては、場所や資金の確保が重要だ。営利目的ではない活動への理解を得て、助成などが受けられるようにする必要がある(今年の開催は、セゾン文化財団の助成を受けている)。他に、創作や振付について議論する文化の醸成ももっと必要だ。
今後の展望としては、海外の振付センターや大学などと提携して活動したい。成果発表は、スタジオでの簡易なものから、より本格的な場を提供できるようにしたい。振付ワークショップ終了後も、作品発表の機会を提供していきたい。また、東京だけでなく地方でも行いたい。
上記のような話の後、梅田氏は、振付の延長にあると捉えているという数分のミニパフォーマンスを行った。といっても自身の身体を使うダンスではなく、ガラスのような容器の中を透き通った煙のようなものが「舞う」作品だ。観客の中にいた子どもが、「水か空気?」「何か出てきた」などと言っていたようだが、そういう素直な反応や、その反応をすぐに出せるのって、いいことだなあと思う(頭や体が固くなってしまった大人は、「何だこれ?」と思って、思考停止、感じるの停止、などに陥りがちなので)。
■作品発表1:足立佳野「踊らされる」
振付:足立佳野/出演:吉本百江、足立佳野
フランス語の心地いい歌が流れ、踊り出すが、音楽が断ち切られると、動きも止まる。それが何度か繰り返された後、徐々に、音が切れても踊りが続くようになっていく。そして、音楽はやんで、2人で動いていく。横たわっている人と立っている人とで、胸の動きで呼応したり、動きがずれたりする。どちらがリードしているのかが分からなくなっていく。2人の力関係の微妙なバランスが示唆される。
■作品発表2:小松菜々子「imagine」
振付:小松菜々子/出演:大迫健司、大塚郁実、村川菜乃
振付した人はPCを床に置いて上手手前に座り、音楽を流して止めたり、声を出したり手を挙げたりして、踊り手たちに指示を出す。ジョン・レノンの歌「イマジン」が流れ、ガラスに水が当たるような音も入って、ダンサーが縄跳びをする。やめさせる指示とともに、音楽も止まる。今度は、雨音の効果音で、縄跳びをする。同じ動きでも、音の違いで観客の受け取り方が違ってくるかどうかを実験しているかのようだ。次は、さっきとは違うダンサーが出てきて、ただ立つ。これも、無音や2種類の曲で同じ動作が繰り返される。それから、3人目が中央に出てきて、植木鉢を置いて去る。その植木鉢をよけて、端と端からダンサーが1人ずつ走ってきて、一方がジャンプしてもう一方にしがみつく。曲が変わったり、赤ん坊の声が入ったり、抱きつく男女でどちらがしがみつくかが交代したりする。植物もまた置かれ、雨音がしたり、ジョン・レノンでない歌手が歌う「イマジン」が流れたりする。ミニマムな動きと音の組み合わせにより、見る側が勝手にストーリーを想像するような作品(作品名と使用楽曲名の通りに)。
■作品発表3:豊田ゆり佳「XX-XY」
振付:豊田ゆり佳/出演:高橋和花、馬場光太
タイトルに見られるように、男女のジェンダーがテーマ。出演者は、1人はダンサー、もう1人は役者だそうだ。最初に、振付した人が観客に語り掛け、出演者たちと同じ空間に入って、好きなように移動しながら見てくださいと述べる。出演者の2人は、スマホのアラームで目覚め、身支度をし、外出する一連の動作を行う。その過程で、女性がメイクをするのを男性がまねたり、男性がひげをそって髪を整えるのを女性がまねたり、相手の服を着てみたがサイズなどが合わず、脱いで、自分の服を着たりする。最後は2人とも女性用のヒールの靴を履いて去るが、男性は足が靴に入らず、途中で脱ぎ捨てる。
■作品発表4:今井琴美「set up.」
振付:今井琴美/出演:白鳥雄也、今井琴美
オルゴールっぽい音が流れ、スポットライトが当たる。雨音もする。ラジカセがある。男女がそれぞれ離れた場所で別々にスポットライトを浴び、ゆっくり動く。日本語の語りのような歌のようなものが流れる。振付した本人である女性のダンスは身体能力の高さを思わせ、動きも体も魅力的で、独特の質感がある。ラストは男性が体を酷使するかのようにだんだん激しく動き、女性がその動きを止めて、終わる。歌の歌詞はあまりよく理解できなかったが、全体の照明などの雰囲気は夜の薄暗い公園などを思わせて、どことなく殺人事件のような事件を扱っているのかなと思った。
作品発表の全体的な印象としては、事前に観客に配られた紙に記してある作品名と作品紹介文を読まなかったとしても、作品を見るだけで大体のコンセプトがほぼ分かると感じた。今回の作品制作は、コンセプトを言葉にすることから始めたそうなので、コンセプトが透けて見える作品になったのかと思う。ただ、コンセプトがしっかりしていることは必要かもしれないが、コンセプトをなぞるだけになってしまうと、コンセプトがよほど画期的でない限り、魅力的な作品にするのは難しいかもしれない。コンセプトを押さえた上で、どこかしら予測不能なところがあったり、何かしら突き抜けたところがあったりすれば、印象深い作品になるのではないかと思う。
■アフタートーク
「XX-XY」について、児玉さんのコメント:「観客が出演者たちを囲んで鑑賞するのが儀式っぽく、一連の動きも朝の儀式と捉えられる。ジェンダー、フェミニズムがテーマなのは明らか。素朴な発想だが、近くで見ることによってディティールに気付くことができる。子どもから大人へという成長を扱っているようでもある。作り手はバレエを踊ってきたバックグラウンドがある」
「XX-XY」について、振付の豊田ゆり佳さんのコメント:「まねるという要素を入れたが、いくらまねても、本人にしかできない動きもある。それでいいと思った。発想の最初には、バレエで男性と女性のダンサーの役割が固定されていることがあった」
「踊らされる」について振付の足立佳野さんのコメント:「だんだん客観的ではない動きになっていって、動きのずれが生じ、関係性に変化が起こる。横たわる人がブリッジするのを、立っている人はそっくりまねることができない、とか」
「踊らされる」について児玉さんのコメント:「ずれが生じることで、踊る、踊らされるという関係においても、逃れられないという悲観的なことにはなっていない」
「set up.」について振付の今井琴美さんのコメント:「質感にこだわりたい。動きに関しては、イスラエルのGAGAメソッドなどの影響がある。絵、写真、映画、音楽などの芸術も好きなので、そこからもインスピレーションを得る。ダンスの創作では、個々の動きよりもまず全体のイメージが浮かぶ」
「imagine」について児玉さんのコメント:「音楽の持つ時代性などの文化も感じさせる。観客が音楽から勝手に想起するイメージがある。ロラン・バルトの『作者の死』に基づいているというが、作者は幽霊のような形で姿を現している感じ」
「imagine」について振付の小松菜々子さんのコメント:「各人が聞いている音楽にはその人の特徴が表れている。音楽だけでたくさんの情報があるので、今回の10分という短い作品では、ダンスっぽい動きはできるだけなくして、シンプルな動きにした」
■Q&A
「set up」:2人のダンサーの動きはそれぞれ独立させて成り立たせたいという意図があった。
プログラムノート(作品の説明):「XX-XY」では、テーマに気付いてくれなくてもいいという気持ちで、書かなかった。「踊らされる」では、タイトルだけだと一方しか伝えていないので、踊ると踊らされるという両方の言葉を書いた。「imagine」では、ワークショップでレクチャーをしてくれた越智雄磨さんの文章も読んで、ロラン・バルトのレファレンスを書いた。「set up.」では、当初使おうとしていたが最終的には使わなかった歌の歌詞の一部を書いた。その歌詞には「ラヂオ」という言葉も出てきて、作品の発想にラジオ体操があったこともあり、ぴったりの歌詞だと思ったので。
「imagine」で植物を使ったのは、人ではなく植物が立っていてもいいのではと思ったから。
「set up.」では、ラジオ体操もダンスではないか、という意識から、ストレッチ的な動きも意識して振り付けた。
以上、興味深い「成果報告会」だった。「振付家ワークショップ」は、ダンサーや振付をしたい人はもちろん、そうではない人にとっても、ダンスに関心があるなら、有意義なプログラムだと思う。今後の開催にも期待したい。
今回の作品発表のように、振付家・ダンサーが短い作品を発表して、作った人と見た人が作品について語り合う場を、定期的に設けられると楽しそうだ。日常的に、働く場や住む地域でそういうミニイベントができたらいいのにと思う。ダンスだけでなく、演劇や美術があってもいいだろう。作り手の練習にもなるし、見る側も気軽に作品に触れられて、刺激を受けることができる。芸術作品の批評を練習する場としてもいいかもしれない。そのような試みも日本国内で行われているようだが、あちこちで頻繁にできるといい。自治体や大企業がお金を出してくれるといいのだが・・・。
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