日本人の父とアメリカ人の母との間に生まれた彫刻家のイサム・ノグチが、建築家と共に造った旧ノグチ・ルーム。そこを舞台に、ハラサオリ、小暮香帆、大井一彌、木村和平、BLESSが、ダンスと美術と音楽の、唯一無二の公演を行った。
旧ノグチ・ルームは、元は慶應義塾大学三田キャンパスの地上にあったものを、建築、庭、庭に設置されているノグチの彫刻ともども、同キャンパス内のビルの3階に移築したもの。
ガラス張りで光をふんだんに取り入れた、天井の高い開放的な空間は、談話室として設計されたもので、談話する人々をもてなすためか、台所もある。
しかし、保存のため、現在は本来の目的で使われることはなく、普段は立ち入り禁止だ。禁止事項もたくさんある。写真撮影、飲食、ソファの背もたれに寄りかかるのは禁止。
「でもルールに縛られるのなんて、嫌じゃない?」
上演前や上演中に会場で流れる日本語と英語の音声や、マイクを装着したハラサオリ氏自身のリアルタイムの声、そして出演者たち(本公演では「舞台装置 / Situation Handler」と称されている)の行動によって、「ルールを破っちゃおう、自由になろう」というメッセージが伝えられる。
記録のために写真家が撮影をし、音楽家がドラムなどの楽器で大きな音楽を鳴らし、ダンサーたちは、走る寸前のような歩きをし、ソファの背もたれに一瞬もたれかかり、庭で飲食をする。
薄布の向こうのらせん階段で、頻繁に着替えをする。いくつかの異なるアイデンティティーを脱いだり着たりするかのように。でも、中にいる身体は、いつもその人のままだろうか?それとも、変容しているのだろうか?
演奏の見せ場もあれば、写真家が卓球をしたり踊ったりもする。ダンサーのハラサオリ氏と小暮香帆氏が強度の高いしなやかな踊りをする。2人が、同じと思われる振付を踊っていても、だいぶ違って見えたりして、面白い。
ハラ氏は、イサム・ノグチと自身の生い立ちを重ねて、観客に語る。両親は結婚しておらず、母親に育てられ、20歳のころに、父親の姓を継ぐと決め、それぞれ、彫刻家とダンサーの道に進む。ノグチの父親は詩人、ハラ氏の父親はダンサーだった。
アイデンティティーについて語り、名前が変わったパスポートを見せる。
旧ノグチ・ルームは移築の際に反対派がいて裁判になったが、結局移築されたとの話も語る。反対の理由は、地面に立つはずの建築や庭がそうでなくなり、庭にある彫刻の位置は太陽の位置を考慮して設置されていたのに、その当初の意図も維持できない移築プランだったからだそうだ。移築後、ノグチ財団は、ノグチ・ルームの管理から手を引いたという。
「ニセモノ、うそ」になってしまった元ノグチ・ルームの存在が、アイデンティティーの問題と重ね合わせられる。
秋と冬の間の心地よい晴天の下、移築後の姿とはいえ、それでも美しい建築と庭と彫刻に囲まれ、大量の本や布や小物を配置した心躍る状況の中、体が揺れ動き出しそうな音楽や、興味を引かれる話を聞き、ハラサオリ氏と小暮香帆氏の身体から生まれる永遠に続いてほしいダンスを間近で見られて、とても幸せだった。
Dance New Air 2020プレ公演 サイトスペシフィックシリーズVol.3
「no room」
2019年
11月2日(土)16:00/19:00
3日(日)16:00/19:00
4日(月・祝)13:00/16:00
※上演時間:約80分
慶應義塾大学三田キャンパス 旧ノグチ・ルーム
構成 / Concept:ハラサオリ、BLESS
演出 / Situation Design:ハラサオリ、BLESS、角銅真実
舞台装置 / Situation Handler:ハラサオリ、小暮香帆、大井一彌、木村和平、BLESS
記録写真 / Photo Archive:木村和平
舞台監督:川上大二郎
照明:岡野昌代(PICOLER)
音響:中原楽(Luftzug)
宣伝美術:太田博久(golzopocci)
チケット
一般:4,000円
U24/O65/港区在住・在学・在勤:3,500円
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