勅使川原三郎、佐東利穂子「update dance #59『白痴』」カラス・アパラタス B2ホール

ドストエフスキーの小説『白痴』から「変容」したというダンス作品。4年前に今回の会場と同じカラス・アパラタスで初演後、シアターXなどでも再演し、昨年秋にはフランス・パリの国立シャイヨー劇場で上演、今度はイギリス・ロンドンで上演するそう。ドストエフスキーの故郷ロシアで上演する可能性もあるとのことだ。

勅使川原三郎さんのお名前は知っていたが、踊っているのを見たのはおそらく初めて。間に合ってよかった、同時代に生きていて実際に見ることができてなんて幸運なのだろうと思った。しかも、広くはないホールなので、かなり間近に見ることができた。

冒頭、かすかな明かりの中で舞台中央に両膝を軽く曲げて立ち、顔と首をゆっくりと少し回しただけで、尋常ではないダンサー、めったにあり得ない存在であることが分かる。

パーティーと思われるシーンで右往左往し、純朴な表情をたたえた様子は、ご本人は60代なのに、青年そのものだ。戸惑い、女性への憧れ、かなわない悲しさを最小限の動きで表現する。

いかにも「ダンス」らしい大きな動きをしても、かなり巧みな踊りなのだが、そのように思いっきり「見せる」ダンスと、さりげなくささやかな「小さな」ダンス(しかし見る者に強烈な印象を与えるダンス)の両方ともが、非常に魅力的。動も静も圧倒的な力を帯びている。

黒いジャケット(背広)を脱いで白一色の服になったり、さらに袖をまくって腕を見せたり、シャツのボタンを外して胸元を見せたりすることで、おそらく「純真」や「無垢」を表していたのではないかと思うが、そういったモチーフの使い方もうまい。後半で、ジャケットを着ようとするのに間違ったところに腕や顔を通そうとして空回りするシーンも秀逸だった。「服をうまく着られない」ことと「そこから見える心情」を、ジャケット1枚だけを使って、見ごたえのあるダンスに仕上げるとは、感嘆してしまう。

思い通りにならず、勝手に動いてしまう体。舞踏っぽい動きのようにも見えるのだが、ヨーロピアン・テイストが入っているような趣。ねじ曲がる身体と真っすぐな心、と言ってしまえばうそっぽく、傲慢に聞こえるが、それを無言の動きから立ち昇らせているのは神業の域。

表情も「雄弁」だ。演じるのとは違う、内から湧いてくるような「白痴」の表情。その感情に、見ているこちらの感情がぴたりと寄り添ってしまうような。顔の表情もダンスなのだ。

女性を追うが、相手にされない。かわいそうだと人ごとのように同情したつもりでも、見ているうちになんだか自分が好きな人に冷たくされているような気持ちになってくる。あまりにおろおろした様子で、この辺りで第1の涙の波が来てしまった。

第2の涙の波は、最後に女性が還らぬ人となってしまったシーン。動きがないところに、ダンスがある。最後、女性はいなくなり、それまでほぼずっとかかっていたヨーロッパのクラシックらしい曲や金属などを思わせるノイズ音が消え、完全に動きを止めた男が舞台にただ存在する。暗転。

佐東利穂子さんも素晴らしかった。堂々と勅使川原さんを翻弄したり、ひとりでマリア様のように佇んだり、光の中に消えていったり。勅使川原さんのこれ以上ないのではと思うくらいのオーラにひるまずに一緒に踊っていること自体に驚嘆するが、勅使川原さんとはまた違う個性を放って光り輝いているのがすてきだ。

もしかして、小説中の登場人物である男性2人、女性2人が表現されていたのだろうか?途中で少しの間だけ、人格が変わったように見えて、その場面では別の人物を表現しているのかなと思った。しかし、小説『白痴』は高校生のころに読んで以来、話をほとんど忘れてしまったので、見当違いかもしれない。(読んだときは主人公にも女性たちにもいらいらした思い出があるが、高校生だったせいだろう。今また読みたいと思う)

上演後のごあいさつでは、お二人とも観客への「感謝」を口にしていた。世界的に活躍している方々で、かけがえのない作品を見せてもらって感謝するのはこちらの方なのに、1回1回の上演ごとに観客にありがとうとおっしゃっているのには頭が下がる。偉大な才能は謙虚さが栄養となってさらに育まれるのだろうか。

勅使川原さんが、世界がまだ不思議に満ちている少年のような態度で、パリ・オペラ座やフランクフルト・バレエ団のダンサーたちを指導したときのことを話していたのが印象深かった。そのような超ハイレベルのプロのダンサーであれそうではないダンサーであれ、踊るよりも先にまずは「空気、空間、起こっていることを感じ取れ」ということを伝えるのだそうだ。観客も空間を構成する一員で、ダンサーはそれにも影響を受ける。その意味でダンサーは「弱い存在」。観客と一緒にダンサーはダンスをつくり上げている、というようなことをおっしゃっていた。そうして振付家やダンサーは「成就する」とも言っていて、いい言葉だと思った。ダンサーはだから「豊かな立場」になれるともおっしゃっていたかと思う。

まさに、「豊かな」ダンス体験。あの戸惑いと、もどかしさと、愛と、喜びと、悲しみと、聖なるものと、苦しみと、死、の動きと、そして「非・動き=停止や静止」の踊りが、ずっと私の心に残るだろう。


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出演:勅使川原三郎、佐東利穂子

演出・照明 :勅使川原三郎

【日時】2019年 

2月14日(木)20:00

2月15日(金)20:00

2月16日(土)16:00

2月17日(日)16:00

2月18日(月)休演日

2月19日(火)20:00

2月20日(水)20:00

2月21日(木)20:00

2月22日(金)20:00

*受付開始は30分前、客席開場は10分前

【料金】

一般 予約 3,000円 当日3,500円

学生 2,000円 *予約・当日共に

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