佐東利穂子/勅使川原三郎「アップデイトダンスNo.58『ハリー』―小説『ソラリス』より」カラス アパラタス

2013年、荻窪にオープンしたKARAS APPARATUS(カラス アパラタス)。ここのホールで、「アップデイトダンス シリーズ」を、勅使川原三郎と佐東利穂子が活発に開催しているようだ。

自前のスペースで、頻繁に、再演も含めてだが、新作も発表し続けているのは、素晴らしいことだと思う。やりたくても誰もができることではないが、ダンスを作り続けてそれを見る機会を日常的に与えてくれるのはとてもありがたい。

KARAS APPARATUSを初めて訪れた。地下1階に「ギャラリー」があり、勅使川原や佐東の公演ポスターや、勅使川原のアート作品が展示されている。椅子が10脚程度置いてあったので、そこで踊りを見るのかと思ったが、そうではなく、地下2階に狭いながらも真っ黒くてシックな「ホール」があった。

ホールの客席数は30~40席ほどだろうか。20人くらいの客が入っていたように思う。

今回の作品「ハリー」は、佐東利穂子のソロ。勅使川原と佐東による作品を見るのは、もうかなり前にヨコハマトリエンナーレで佐東がガラスを使ったアート作品の中でガラスを踏みしめながら踊ったのを見て以来、二度目だ。ヨコトリでのダンスは、ストーリーなどはなく、狭い空間でゆっくりと動くものだったと記憶している。眠くなりそうでありながら「いつまででも見ていられそう」な動きだった。

ダンス「ハリー」は小説『ソラリス』を基にしていて、「ハリー」は小説の主人公の妻の名前だそうだ。この原作もその映画化も私は知らなかった。予備知識なしでダンスを見たわけだが、冒頭にナレーションが入り、ハリーの運命が短く語られる。

ナレーションによると、ハリーは実は、「本物」は10年前に死んでいて、その電子的な(?)コピーのような形で「存在」している。コピーであるハリーは、生前のハリーと同じように夫を愛している。夫はハリー(のコピー)を見て驚くが、その後それがコピーだと知る。コピー自身も自分がコピーだと知り、消えたいと願うが、死ぬことができない。

陰鬱な筋書きだ。人間のような姿と心を持った機械・ロボット・AIというモチーフ・キャラクターは、今ではありふれたものだ。しかし、その存在を身体で表すのは簡単ではない(言葉で表現するのも簡単ではないが)。

暗転の後、徐々に照明が明るくなっていく舞台の上で、佐東は客席に背を向けて座っていた。長く伸びた片脚が美しい。立ち上がって腕を動かすと、空気をいとおしげに包み込んでいるよう。この後、水音のような音楽が流れる効果とも相まって、佐東は水中で動いているように見えることがあった。

音響では、時折、機械の信号音のような音が入る。ミュージックビデオやストリートダンスでも見られるような、ロボットっぽいギクシャクした動きも取り入れられているが、その動きに終始するわけではない。なにしろ、ハリーは、最初は夫が本物かと思ったほど、「人間っぽい」はずだから。

表情は、悲しく、恐れている。夫への愛も表現されているが、「10年前に死んだ女のコピー」という宿命が、彼女を孤独で寂しく絶望的に見せている。その彼女の運命は、囚われ人のような、しいたげられているような窮屈な動きと、夫に「私は単なるコピー。教えて、どうやったら消えられるの?あなたがいないと私は・・・」といった内容を訴える彼女の独白がナレーションで流れることによって、強調される。

佐東が公演の中で(ナレーションではなく)直接言っていた言葉は、何だったのだろうか?どの言語だったのだろうか?(夜の公演だったため、私はやや眠気を感じていて、よく分からなかった・・・)

毒のようなものを飲み、倒れるハリー。でもやはり死ぬことはできず、目が覚めてしまう。そのことに苦悩しながらのラスト。

電流が体の中を走るようにビクビクと痙攣する様は、男性目線のセクシーさも感じた。

1時間ほどの公演だった。拍手の後、佐東が舞台に再登場して、マイクを持って話し始めたのには驚いた。どうやら毎回こうして「トーク」をしているらしい。

海外でも公演している著名なダンサーなのに、少し緊張気味に話しているように見える。最後にきちんと観客への感謝も述べ、観客の見送りまでしてくれた。その姿はチャーミングで、踊っているときとのギャップが大きい。それだけ、ダンスのときは「生身の人間」っぽくない存在、まさしくハリーだったということだろう。

「ハリー」は2014年にKARAS APPARATUSで創作され、シアターX(カイ)でも上演したらしい。今回の再演でハリーとまた向き合えたのはうれしいが、楽しいという作品ではないと佐東は言っていた。確かに。

原作の『ソラリス』を読んでいない身からすると、「コピー」とはいえ、まぎれもない「妻の」コピーなのに、そのコピーが苦しんでいるのを夫は放っておくばかりか、さらに追い詰めたのか?と思ってしまった。しかし、本物の妻を亡くした夫の悲しさを思うと、妻のコピーを突き放したとしても、その気持ちも分からないでもない。ただ、人間ではないかもしれないが、女性が男性によって苦しめられ(愛ゆえに、だろうが)、自分を責め、自分を抹消したいと願う姿は、見ていて気持ちのいいものではない。

しかし、心地よくはないにしても、というか、心地悪いからこそ、この「コピー」を完全なフィクションとして客観的に捉えてはいない自分がいる。現代では技術的に「コピーのハリー/ハリーのコピー」のような「もの」が可能になっているからというよりも、自分が何かの「コピー」のように感じてしまうことがあるからではないだろうか。

「聞き分けのいい良い子」のコピー、「勉強ができる優秀な生徒」のコピー、「有能な会社員」のコピー、「生徒思いの良い先生」のコピー、「理解のある優しい親」のコピー、「世間を憂える絶望者」のコピー、「悪いことでしか注目を集められない、いわゆる不良」のコピー、「愛する人の頭の中だけに存在するその人のかつての恋人」のコピー。

私たちはみんな、他人が、そして自分が(他人の目を通して)作り出した、何者かのコピーかもしれない。複数のものそれぞれの複数のコピーとして存在しているのかもしれない。でも、複数のコピーが重なって多層になったら、その「コピー」は「本物」になるのかもしれない。

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update dance #58「ハリー」 小説『ソラリス』より

演出・照明:勅使川原三郎

出演:佐東利穂子

KARAS APPARATUS


タルコフスキーの映画「ソラリス」とレムの小説「ソラリス」を基にした

佐東利穂子のソロ

宇宙に浮かぶ巨大な超高度知的生命体 - ソラリス(海)に制御される

矛盾する生命体 - 人間の困惑

死者ハリーの望まれない復活  不可能な生 不可能な死 望まれない愛

死者は2度死ねない苦悩 リアリティ全てを失ったハリー

科学的悪夢 − 結晶化する愛 − 根源的矛盾

ダンス生命体 - 佐東利穂子の宇宙的極限

勅使川原三郎


【日時】2019年 

1月28日(月)20:00

1月29日(火)20:00

1月30日(水)20:00

1月31日(木)20:00

2月1日(金)休演日

2月2日(土)16:00

2月3日(日)16:00

2月4日(月)20:00

2月5日(火)20:00

*受付開始は30分前、客席開場は10分前


【料金】

一般 予約 3,000円 当日3,500円

学生 2,000円 *予約・当日共に

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