クリストファー・ウィールドン、シディ・ラルビ・シェルカウイ、クリスタル・パイト「ウィズイン・ザ・ゴールデン・アワー/メデューサ/フライト・パターン」映画館上映

英国ロイヤル・バレエ団の現代バレエ、コンテンポラリーダンスのトリプル・ビル。劇場の公演を録画した映像を映画館で上映(元は各国の映画館で生中継上映されたもの)。上映時間は3時間3分で、16分の休憩が2回ある。各作品の前では、ロイヤル・バレエ団の元プリンシパルのダーシー・バッセルらと作品の関係者などが出演し、作品の見どころを語る。振付家も録画してあった映像で登場し、作品について語る。


■「ウィズイン・ザ・ゴールデン・アワー」Within the Golden Hour(37分)

日本でも新国立劇場バレエ団が来年6月に上演予定の『不思議の国のアリス』の振付家、クリストファー・ウィールドンによる2008年の作品。

この作品だけ、解説とインタビューのパートを見逃したのだが、ここではgolden hourは日没前の、金色に輝く時のことだろうか。舞台の照明や衣装がそう思わせた。踊りも、最後の輝きを表しているのだろうかと思った。

冒頭と最後で群舞での踊りがあり、真ん中ではデュオが何組か登場。男性同士のデュオや、おそらくサラ・ラムと思われるダンサーのデュオなどが良かった。

最後にダンサーたちが一斉にフルフルと体を揺らすところが、ユーモラスで面白かった。

今回の全作品に共通するが、音楽、衣装、照明も全て良かった。

この作品は、コンテンポラリーダンスというよりは現代バレエと捉えられそうだ。現代バレエもコンテンポラリーダンスに含まれはすると思うが。基本的に美しい踊りで、女性の美しい動きを男性が支えて存分に見せるというスタイルはクラシックバレエからのものだろう。フロアを使う動きももちろんあるが。しかし、男性2人のデュオは少し違った味わいで、なぜかは表現できないが印象深かった。


■「メデューサ」Medusa(38分)

日本でも、手塚治虫の漫画を基にした「TeZukA」や「プルートゥ」を上演した、ベルギー出身のシディ・ラルビ・シェルカウイの振付による新作。シェルカウイはモロッコにもルーツを持つ。

ギリシャ神話に出てくる、見た者は石に変えられてしまうという力を持った、ヘビの髪を持つ女の怪物メデューサのことは知っていたが、彼女にまつわる物語についてはよく知らなかった。もともとは女神アテナに仕える巫女だったが、その美しさに目を止めた海神ポセイドンによって処女を奪われ、それを知ったアテナに、怪物に変えられてしまった。怪物となったメデューサは兵士たちを次々と倒すが、ペルセウスに首を討ちとられて死ぬ。神話にも諸説あると思うが、本作ではこのストーリーを下敷きとしたらしい。

シェルカウイの独自の解釈の部分は、メデューサは巫女であったときにペルセウスと恋していて、怪物に変えられた後は、兵士と戦い続ける醜い自分が嫌になり、実は自らペルセウスに殺されようとしたのではないか、というもの。

ヘビの被り物や、メデューサの美女であったときと怪物になってからのドレスなど、衣装も素晴らしい。音楽、歌、照明、舞台セットも一級品。冒頭でメデューサが一人登場するときに背後に長方形に切り抜いたような空間が現れ、彼女が主人公だと分かる。兵士との戦いの場面では、天井から柱のようなもの(布でできている?)が下りてきて、空間に立体感が生まれる(ギリシャ神殿かな?と思ったが、神殿で殺し合いはしない?)。ラストで、怪物として死んだメデューサが美しいころの姿で現れ、大きな盆を捧げ持つところは、「私はただ普通の巫女でいたかっただけなのに」と訴えているようで、切ない。こうした演出も秀逸だ。

シェルカウイは、被害者のはずのメデューサが罰せられるという理不尽な運命についてインタビューで語っていた。しかし、運命には何とか対処しなければならない、と。また、誰もが自分の行動の結果について責任を取らねばならない、とも。メデューサは美しかったのがいけないとでも言うのですか?と不快に思わないでもないが、作品は素晴らしい。

メデューサが兵士との戦いの場面で兵士役の男性ダンサーたちにリフトされて行う動きは、兵士たちへの攻撃。そのため、バレエのパ・ド・ドゥなどの男女の踊りでのリフトとは全く異なる意味合いを帯びる。ヘビのようにねじれた身体の動きが多用され、ねじ曲がってしまった運命を暗示しているようだ。

日本出身のダンサー、平野亮一氏は、ほぼ悪役と言っていいポセイドン役。ロイヤル・バレエの『マノン』でも、ほぼ悪役のマノンの兄役だった。人種がアジア系(非白人)だと、それが分かりやすい配役になるという意識があるのだろうか。しかし、どの役も主要な役であり、平野氏はぴったりと役に合った見事なダンスを踊って、拍手喝さいを浴びている。

最後、ポセイドンは他の巫女たちに手を伸ばすが、メデューサに訪れた運命を目撃して恐れをなした巫女たち全員から拒絶される。彼も一応罰を受けたわけだ。メデューサが受けた苦しみに比べれば、鼻で笑ってしまいそうな罰だが。

ティーンエージャーになってからダンスを始め、ダンサーとして才能を認められ、早くから自分がやりたいことは振付だと分かっていたというシェルカウイ。天賦の才と精力的に創作活動をするエネルギーを併せ持っているのだろう。自分が欲するもの、表現したいものが何かを明確に分かっていて、それを明確にダンサーや一緒に作品を作り上げる人たちに伝えることができる振付家なのかもしれない。


■「フライト・パターン」Flight Pattern(32分)

現在(2019年6~7月)来日中のNDT(Nederlands Dans Theater、ネザーランド・ダンス・シアター)の公演で「The Statement」が上演されているクリスタル・パイトが振り付けて2017年に初演し、ローレンス・オリヴィエ賞などを受賞した作品。36人のダンサーたちが、戦乱から逃れ苦しい旅をする難民たちの姿を表現する。

パイトはインタビューで、制作した当時、世界の多くの人と同じように自分も気になっていた難民を取り上げることにしたと語る。そのようなoverwhelmingな(大変な)テーマを振り付ける力が自分にあるのだろうかと迷い不安になることもあるが、自分にはきっとできるという自信を持って創作している。そうでないと創作はできない。作品が政治的かどうかなどはどうでもよくて、私にとっては世界についてcope(対処)する手段がダンスしかないから、作るだけだ、と言っていた。すごく不安そうで同時に覚悟を決めていることがひしひしと痛々しいほど伝わってくるので、このインタビューを見ただけで少し泣きそうになってしまった。

作品が始まると、冒頭から、まさかのボロ泣き。自分の喪失体験や、海外で心細い思いをしたことなどが思い出されたせいかもしれない。派手な動きは何もないのに、泣ける。苦難に満ちた道を、絶望に襲われ、不安におののき、倒れそうになっても、前を向いてまた歩み出そうとする。その歩みの一歩一歩が、見ている者の胸を打つ。あの人たちは、私ではないだろうか?という思いがふつふつと湧き上がってくるのだ。

子どもを亡くした母親。布にくるまった赤ちゃんをあやしていたつもりだったのに、気付くと布の中は空っぽ。誰もいない布の上に、他のダンサーたちが次々と何枚もの布を重ねていく。無数の失われた幼い命。

最後、2人のダンサーを残してみんなが去る。黒人の男性ダンサーが短いソロを踊る。自分の身体を掻きむしるような、打つような動き。ここでも、とても泣けてしまう。

今思い出しても少し泣いてしまいそう。シェルカウイの作品は、しゃれていてスタイリッシュだ。パイトの作品は、根源的な感情の基盤、敏感で繊細でやわな部分を両手でわしづかみにされたように、人としての根幹を大きく揺さぶるようだ。シェルカウイの作品は頭で解釈しようとするセンサーが結構働くが、パイトの作品は考える前に感情にダイレクトに迫ってくる、到達する。

泣かされた原因には、ポーランドの作曲家、ヘンリク・ミコワイ・グレツキによる音楽もあったかもしれない。作品が始まる前に登場して音楽について解説してくれた指揮者によると、母と子の愛などからインスピレーションを得て作った曲らしい。ナチス時代の強制収容所の壁に残されたある娘の母親への言葉も、音楽に付けられている歌の歌詞に組み込んであるらしい。残念ながら、歌詞で何を言っているのかは私には分からなかったが。


とても贅沢なトリプル・ビルだった。三者三様の現代作品を、いずれも高いレベルで踊ったダンサーと、妥協を許さないような舞台を作り上げたスタッフと、指揮者が率いて作品の伴奏ではなく共に主役を務めた音楽を演奏したオーケストラと歌った歌手。英国ロイヤル・バレエ団の層の厚みと底力を見事に発揮し尽くした公演だった。


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『ウィズイン・ザ・ゴールデン・アワー』Within the Golden Hour

【振付】クリストファー・ウィールドン

【音楽】エツィオ・ボッソ、アントニオ・ヴィヴァルディ

【衣装】ジャスパー・コンラン

【指揮】ジョナサン・ロー

【出演】ベアトリス・スティクス=ブルネル、フランチェスカ・ヘイワード、サラ・ラム、

ワディム・ムンタギロフ、ヴァレンティノ・ズケッテイ、アレクサンダー・キャンベル

ハナ・グレンネル、金子扶生、マヤラ・マグリ、アナ=ローズ・オサリヴァン、

アクリ瑠嘉、デヴィッド・ドネリー、テオ・ドゥブレイル、

カルヴィン・リチャードソン 


『メデューサ』Medusa

【振付】シディ・ラルビ・シェルカウイ

【音楽】ヘンリー・パーセル

【電子音楽】オルガ・ヴォイチェホヴスカ

【衣装】オリヴィア・ポンプ

【指揮】アンドリュー・グリフィス

【出演】 メデューサ:ナタリア・オシポワ

アテナ:オリヴィア・カウリー

ペルセウス:マシュー・ボール

ポセイドン:平野亮一 (ソプラノ)エイリッシュ・タイナン

(カウンターテノール)ティム・ミード

(ヴィオラ・ダ・ガンバ)市瀬礼子

(テオルボ)トビー・カー 


『フライト・パターン』Flight Pattern

【振付】クリスタル・パイト

【音楽】ヘンリク・ミコワイ・グレツキ

【指揮】ジョナサン・ロー

【出演】クリステン・マクナリー、マルセリーノ・サンベ

カルヴィン・リチャードソン、ジョセフ・シセンズ

イザベラ・ガスパリーニ、ベンジャミン・エラ、アシュリー・ディーン (ソプラノ)フランチェスカ・チエジナ

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