上演台本・演出・出演:白井晃
振付:中村恩恵
出演:首藤康之、中村恩恵、秋山菜津子
ジャン=ポール・サルトルの戯曲『出口なし』が原作の、演劇と舞踊が融合した舞台。
ミュージカルではない、演劇とダンスが一体化した新たな舞台の表現形式を目の当たりにしたようだ。
ダンサーの首藤康之さんと、ダンサー・振付家の中村恩恵さんは、以前から演劇も行っていたようだが、今回の公演で初めて彼らの演技を見た。踊りが世界的に見ても超一流の二人が、演技もあのようにハイレベルでこなし、しかも同じ舞台で演技と踊りの両方をしていて、驚嘆した。
俳優の秋山菜津子さんも、世界的なダンサーたちと見事に踊っていて、素晴らしい。
最近は演劇とダンスが一緒になった舞台も多く、私はそれら全てを見ているわけでは到底ないが、この舞台「出口なし」は、舞台芸術の新たなジャンルの創出となったのではないかと思った。
開演前から舞台上が見えるようになっている。灰色を基調とした「密室」を再現した舞台セットが美しい(チケット代は安くはない6000円だが、しっかりとした舞台セットに公演への期待が高まったので、開演前ですでにこの金額にも納得した)。
三方が壁になっていて、正面の壁にドアがある。上演が始まり、そのドアが開くと、光が差し込み、ドアの向こうには廊下があるようだ。
入ってきたのは、執事のような風情の「案内人」の男(白井)と、ガルサンという名の男(首藤)だ。部屋にはソファや椅子、棚、洗面台があるが、窓やベッドや歯ブラシや鏡はない。ガルサンはこれからずっとこの部屋に滞在することになっているらしい。ベルを鳴らせば案内人が来るが、ベルは押せばいつも鳴るとは限らないという。
ガルサンは、「もう眠ることはない。眠りがないと切れ目がなくなる、それが恐ろしい」「知っているか、向こうではこちらのことを何と言っているか?」というようなことを言う。ここは一体どこなのか?
案内人とガルサンが話している間は、音楽がかかっていた。本格的な演劇に見えるが、時折無言で踊り出す。言葉で言い表せない感情を体で表しているようだ。
後のシーンでは、登場人物の心の中の声(考えていること)や、または実際に口にしている言葉がナレーションとして流れ、その間に踊るという手法も使われていた。最初はこの方法は少しずるいような気もしたが、何度か使われるのを見ているうちに、この方法は成功していると思った。彼らの演技もダンスも「本物」だからこそ、小手先の手法にはなっていない。せりふを言ってから踊ったり、せりふを言いながら踊ったりするのではなく、録音のせりふを流しながら踊ることでしか達成できない効果が出ている。
現実世界では、日常生活では「言葉を話す」ことで考えや気持ちを表し、他者と伝え合い、コミュニケーションすることが「デフォルト」になっている(実際は見掛けで伝わる要素も大きいが)。しかし、例えば耳の聞こえない人が手話を使ったり、声の出ない人が筆談したりして表現し伝えることもある。そのような「障害」がなかったとしても、言葉を話すよりも体を動かす方が伝えやすいと思ったときには、そうしてもいいのではないか。
この「出口なし」の舞台のように、時に語りで、時に踊りで、伝えることができたら、面白いのではないだろうか。おそらくダンサーの人は、日常生活で踊りで表現したいこともあると思う。でも大抵は、電車の中で友人と話しているときにいきなり踊ったらよろしくない、と抑制を利かせて我慢しているのではないか。また、伊藤亜紗著『どもる体』には、「吃音のある人の中には、歌うときにはどもらない人が結構いる」と書いてあり、その例に当てはまる著名なシンガーもいる。
ダンサーや吃音のある歌手などだけでなく、誰でも、その時々で好きな表現方法を選べたらいいのにと思う。そしてそれを互いに受け止められる社会にできたらいい。そうしたら、例えば手話を「自分には関係のない特殊な表現方法」とは捉えずに、もっと互いに関心を持て合える気がする。
「出口なし」の舞台に戻ろう。案内人が去って、ガルサンは一人になる。ドアは内側からは開かない。しばらくしてドアが開き、案内人が女1=イネス(秋山)を連れてくる。彼女もこの部屋に留まることになっている。二人きりになった後、またドアが開き、3人目の滞在者、女2=エステル(中村)が案内されてくる。
ここは「地獄」。3人とも、死後ここにやって来た。
ガルサンはジャーナリスト、イネスはレズビアン(同性愛者)、エステルは金持ちの年上の夫がいる若い女だ。3人それぞれ、この場所の捉え方も、3人が一緒にされた理由の解釈も、求めるものも異なる。
ガルサンは銃殺、イネスはガス中毒、エステルは肺炎で死んだという。初めは真実を話そうとしなかった3人だが、自分の罪を告白し合うことに。そこから始まる3人の関係は、どこへ向かうのか?
この戯曲は、私はたぶん全体を読んだことはないが、学生のときに授業で冒頭部分を読んだか粗筋を読んだかしたような気がする。しかし、このような話だということは覚えていなかった。戯曲全体ももしかしたら昔読んだかもしれないが、記憶が曖昧だ。非常に怖い話だ。今後戯曲を読んだとしても、私にとっての「出口なし」は、ずっとこの公演のイメージになるだろう。それほど衝撃的だった。
とても官能的な場面も多かった。そんなに広くはない会場で繰り広げられる濃密なシーンは、「未就学児の入場不可」程度の制限でいいのか?と思わせるほどだった(笑)。でも、20世紀以降のダンスでは濃厚とも言えるラブシーンに近い踊りが組み込まれているものもあるので、ダンサーも俳優のような人間らしい表現をすることが時に必要なのだろう。クラシックバレエだって本当はそうなのだが、あからさまな表現がされるようになった新しい作品を見ると、そのことがより顕著に感じられるということかもしれない。
ダンス自体に新しさはあったのか?という疑問は出るかもしれない。原作を読んだ人の中には、『出口なし』のせりふを削っていいのか?と思う人もいるかもしれない。しかし、せりふと踊りで表現され得る、その両方がそろってでなければ表現し得ない、「出口なし」が存在し得ることを、この公演は示したのだ。この形でしか表現できない「出口なし」が創り出されたのだ。
チケット代6000円の価値は絶対にあり、しかもまた見たいと思わせる舞台だった。同じ出演者で、そして難しいかもしれないが他の出演者でも、必ず再演を重ねて未来に残していってほしい作品だ。海外(例えば原作が書かれたフランスなど)のダンサーや俳優が上演するのも見てみたい。
「地獄とは他人の目だ」。なぜ人は自分だけでは充足できずに、他人からの承認を求め、そして求めることで苦しむのだろう?でももし人間がみんな自分一人で充足し存在することができたら、どんな人間関係も存在しなくなるだろう。「さあ続けよう」。苦しくても続けるしか道はないのか。
「鏡がなくて化粧ができない。自分の顔が見えないと自分が存在している気がしない」と言うエステルに、イネスが「私の目に映るあなたの姿を見るといい」と提案する。私はダンサーの小暮香帆さんのワークショップで、これと似たことをしたことがある。ペアになって、互いに、相手の目に映る自分の姿から目を離さないようにして動くのだ。小暮さんは、これをやり過ぎると頭がおかしくなるかもしれないから危険と言っていた。その通りだと思う。
他人の目を見つめることはすてきだが、その瞳に映る自分の姿と自分の実体を同一視してしまうと、身動きが取れなくなるかもしれない。でも実は自分が存在していると思っている自分の実体は存在しておらず、他人の目に映る自分だけがいるのかもしれない。こんな想像をしてしまうサルトルの『出口なし』の話はやっぱり怖い!同時に魅力的だ。
今回の魅力あふれる公演は、文学好きを演劇の世界に、演劇好きをダンスの世界に、ダンス好きを文学の世界に、引き込む力がきっとある。初演を見られて幸せと言い切れる作品。
※以下テキストは公式サイトより。
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20世紀を代表するフランスの哲学者サルトルの戯曲を“言葉”と“身体”を切り口に首藤康之×中村恩恵×秋山菜津子により上演!
2019年1~2月、KAAT神奈川芸術劇場では、KAAT神奈川芸術劇場芸術監督白井晃の演出による舞台『出口なし』を上演いたします。
出演者には、世界的なバレエダンサー首藤康之、振付家としても活躍する中村恩恵、そして実力派女優・秋山菜津子を迎え、J.P.サルトルの代表作で密室における会話劇として名高い『出口なし』を、“演劇”と“舞踊”の境界を越える作品として創作いたします。
『出口なし』は哲学者としても有名なフランスの劇作家サルトルの代表作であり、1944年の初演以来、様々な形で上演されてきました。今回の上演では、身体表現の要素を前面に打ち出し、ダンサーと俳優の混合キャストにより、戯曲に描かれた“言葉”と舞台に存在する“身体”の新たな可能性を探ります。
KAATの中スタジオという戯曲の場面設定の「密室」に近いコンパクトな空間で、演劇、舞踊、それぞれのジャンルで傑出したパフォーマー3名が生み出す、新たな『出口なし』にご期待ください。
【原作】ジャン=ポール・サルトル
【上演台本・演出】白井晃
【出演】首藤康之 中村恩恵 秋山菜津子
公演期間
2019年01月25日(金)~2019年02月03日(日)
会場
中スタジオ
公演スケジュール
2019年
1月25日(金)19:00
1月26日(土)14:00◎
1月27日(日)14:00
1月28日(月)19:00
1月29日(火)休演日
1月30日(水)14:00
1月31日(木)19:00
2月1日 (金)19:00 *英語字幕付(With English subtitles)
2月2日 (土)14:00 *英語字幕付(With English subtitles)
2月3日 (日)14:00
【全席指定・税込】
一般 6,000円
【上演時間】
1時間25分(途中休憩なし)を予定しています。
■スタッフ
美術:杉山至 照明:大石真一郎 音響:徳久礼子
衣裳:前田文子 ヘアメイク:小林雄美
舞台監督:大垣敏朗 演出助手:西祐子
技術監督:堀内真人 プロダクションマネージャー:山本園子
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※下記画像は下記サイトより。
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